佐々木朗希(ろうき、大船渡)が大阪桐蔭を蹴った理由が泣ける!

 

岩手県立大船渡高校3年(2019年4月時点)の佐々木朗希(ろうき)投手、

高校生史上最速の162kmを出したとか、2019年秋のプロ野球ドラフトで

1位指名確実とか、話題に事欠きません。

 

そんな佐々木朗希(ろうき)投手にまつわる良い話をこの記事では

まとめたいと思います。

大船渡・佐々木朗希の顔画像・写真(出典:twitter)

 

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まずは、佐々木朗希(ろうき)投手のwiki風経歴から。

 



大船渡・佐々木朗希(ろうき)wiki経歴・プロフィール!

「大船渡・佐々木朗希」の画像検索結果

大船渡・佐々木朗希顔画像・写真(画像:twitter)

 

名前:佐々木朗希(ささきろうき)

生年月日:2001年11月3日

年齢:17歳(高校3年、2019年4月時点)

出身地:岩手県陸前高田市

家族:父親・佐々木攻太さん(東日本大震災の津波で亡くなる、享年37歳)

   母親:佐々木陽子さん、兄:佐々木琉希さん、弟:佐々木伶希さん

中学:大船渡市立第一中学卒

高校:大船渡高校(岩手県の県立高校)在学中

身長:190cm

体重:86kg

ポジション:投手

投打:右/右

 

大船渡・佐々木朗希投手、経歴を見ればわかるように、

地元の「大船渡市立第一中学」から地元の岩手県立

高校である、「大船渡高校」に進学しています。

 

そのためか、凄い投手であるのは間違いないですが、

一度も甲子園に出たことはありません。

 

プロを目指していると言われ、中学時代から有名選手だったのに、

なぜ、地元の県立高校に行ったのでしょう?

 

甲子園やプロ野球、あるいはメジャーリーグといった所まで見据え

れば、野球強豪校の有名私立に行った方が環境的にもよかった

かもしれませんよね?

 

実は、大船渡・佐々木朗希投手、中学卒業時(高校進学時)に

あの「大阪桐蔭」から野球特待生でのスカウトが来ていたといい

ます(おそらく他にも多数の強豪校からスカウトが来ていたでしょう)。

 

ですが、大船渡・佐々木朗希投手、大阪桐蔭の誘いを断って

大船渡高校に進学したそうです。なぜ?理由は?

 

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佐々木朗希(ろうき、大船渡)が大阪桐蔭を蹴った理由が泣ける!

佐々木朗希(ろうき)は東日本大震災の被災者!

大船渡・佐々木朗希投手は、2001年生まれで、小学校3年生

から野球を始めました。

 

2011年3月までは岩手県陸前高田市に住んでいました。

が、2011年3月11日の東日本大震災で一家全体が被災

します。

 

そして、東日本大震災の津波で佐々木朗希は、父親・

佐々木攻太さんを亡くしてしまいます(享年37歳)。

 

まだ当時9歳だった佐々木朗希少年にはつらい事実だったと

思います。

 

父親を失った一家は、陸前高田市から大船渡市へと引っ越します。


その後は、同じ大船渡高校野球部OBである、4歳年上の

兄・佐々木琉希さんが父親代わりとして、佐々木朗希少年

に厳しく接し、強さと負けず嫌いを育んでいったそうです。

 

佐々木朗希・中学時代から凄かった!

大船渡市立第一中学時代は軟式野球部に所属。

中学の時には軟式のボールで141キロを出したそうです。

(軟式は硬式よりも急速がでにくいと言われています)

 

中学生の頃から頭角を現していた佐々木朗希(ろうき)

投手、たくさんの高校から野球推薦の話が来ました。

 

その中に、あの「大阪桐蔭」もあったそうです。

 

佐々木朗希が大阪桐蔭を断った理由が泣ける!

おそらく、強豪私立の特待生になれば、学費は免除で、

場合によっては、寮生活の面倒全般も見てくれるでしょう。

 

が、佐々木朗希、すべての強豪私立からの誘いを断り、

もちろん大阪桐蔭のスカウトも断り、地元の県立高校、

「大船渡」に進学します。

(ちなみに「岩手県立大船渡高校」の偏差値は52程度です)

 

その理由は?

 

 

「大船渡市立第一中学から一緒に

やってきた仲間と野球をしたかったから」

 

というものです。

 

また、本人は口にはしていないようですが、東日本大震災の

津波で37歳の若さで亡くなった、父・佐々木攻太さんの地元

である、岩手県から離れたくなかったのかもしれません。

 

あるいは、父の死後、自分を厳しく育ててくれた、

兄・佐々木琉希さんが大船渡高校野球部OBだったという

事も影響しているかもしれませんね。

 

いずれにせよ、中学3年生、15歳の佐々木朗希(ろうき)少年は、

(強豪校で野球をするという)環境よりも感情を選んだという事に

なりそうです。

 

現実は甘くなく、3年生の夏を残して、甲子園には一度も出れて

いませんが、本人としては納得しているのではないかと思います。

 

今後、プロ野球に行ったりした場合は、その辺りの事を聞いてみたい

ですね。

 

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佐々木朗希(ろうき)・163キロ動画+試合動画

 

こちらが、

大船渡・佐々木の163キロ動画

です。

 

ワインドアップではなく、セットポジションですね。

個人的には、ビックリするようなスピードには見えませんが、

スピードガンは163キロを示していたそうです。

 

いかがでしたか?

 

 

試合での大船渡・佐々木朗希投手のyoutube動画・映像です。

 

当時、高校2年生ですから、まさに大器ですね。

良い指導者に恵まれたらグングン伸びていきそうな気がします。

 

大船渡・佐々木朗希の未来におおいに期待です。

 



まとめ

以上、

 

佐々木朗希(ろうき、大船渡)が大阪桐蔭を蹴った理由が泣ける!東日本大震災被災者!父を亡くす!

 

でした。

 

岩手県陸前高田市に生まれ、9歳の時に東日本大震災で父親を

亡くした(37歳)佐々木朗希(ろうき)少年、その後は兄が父代わり

でした。

 

中学生にして軟式で141kmを投げるほどのピッチャーに成長し、

中学3年の時には、多数の強豪から野球特待生のスカウトを受けます。

その中には大阪桐蔭もありました。

 

が、その全ての誘いを断り、地元の県立高校である「大船渡」を選んだ

佐々木朗希(ろうき)です。もちろん自分で言うように仲間の存在も大きいでしょう。

 

それだけではなく、父や兄、岩手、東北に対する思いというものが

あるように思えてなりません。

 

今後、岩手を出た後、

佐々木朗希(ろうき)の前に広がる大海原をどのように

切り開いていくかおおいに期待したいですね。

 

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